― 40歳から始まった新しい挑戦 Vol.5 ― マレーシア移住で大変だったこと(生活篇)

My Story / 人生の転機
当時住んでいたコンドミニアムの7階からの景色。中庭のある7階にプール、フィトネスを完備していた。

42歳のとき、私は日本を離れ、マレーシアで新しい生活をスタートさせました。就職のための移住でしたが、実際に暮らしてみると、想像していたよりもずっと多くの“想定外”が待ち受けていました。この記事では、そんなマレーシアでの生活の中で「本当に大変だったこと」を中心にまとめます。これから海外移住を考えている方に、少しでも現実的なヒントになれば幸いです。

気を遣う生活は長続きしない

マレーシアでは、生活費を抑えるために同期入社の仲間とルームシェアをする人も多いです。

しかし、私は過去の経験から「絶対におすすめしない」と断言します。出会って間もない相手と24時間同じ空間で暮らすと、性格の違いが小さなストレスとして積み重なっていきます。気を遣い続ける生活は、どんなに安い家賃でも長くは続きません。

私自身、ルームシェアで嫌な思いをしたことがあり、その話はまた別の記事で紹介します。

マレーシア式の電気式ヒーターとは

マレーシアの給湯システムは日本と異なり、電気で水を温めるタイプが主流です。

部屋のどこかに給湯器専用のオン・オフスイッチがあり、それを入れない限りお湯は出ません。見つけるまではシャワーを浴びないことを強くおすすめします。真夜中に冷水シャワーを浴びれば、確実に風邪をひきます。

もし不安なら、オーナーや同僚に聞いて確認しましょう。

マレーシア料理の辛さは想像以上

マレーシアの食文化は多彩で美味しいですが、香辛料が非常に強く、日本人の胃腸には刺激が強い場合があります。

私も最初の頃、激辛のマレーシア料理を食べていたら、しばらくしてお腹を壊していました。

日本食レストランをうまく取り入れる

マレーシアには多くの日本食店があります。海外生活だからといって無理に現地食に切り替える必要はありません。週に数回は日本食を取り入れ、少しずつローカルフードに慣れていくのがおすすめです。

私が暮らしたアラダマンサラ地区

私が住んでいたのは、クアラルンプール郊外のアラダマンサラというエリアです。

日本人学校があり、日本語の看板やファミリーマートもある便利な街でした。

中心にはCitta Mallという大きなショッピングモールがあり、一見安全そうに見えます。

アラダマンサラにあるCitta Mall内のカフェで撮影。毎日海外旅行をしている気分になれたので、この頃は幸せを感じていました。
安全対策の基本は「夜に歩かない」

しかし夜になると話は別です。私の後輩社員は、Citta Mall近くで強盗未遂に遭いました。

特に女性は夜間の一人歩きを避けるべきです。私自身も夜歩くときは、スマートフォンのライトを点けて自分の周囲を照らすようにしていました。

暗闇の中で「目立つこと」が身を守る手段の一つです。

「予定通りに進む」と思わないこと

日本では予約した日にきっちり工事が行われますが、マレーシアではそうとは限りません。

私の場合、初回の工事日はスタッフが来ず、チャットで問い合わせてようやく再訪日が決まりました。2回目の予約でようやく開通。こうした“予定のズレ”は日常茶飯事です。

早めに申請し、余裕をもって構えることが大切です。

海外送金サービスの選び方

マレーシアから日本に送金する方法はいくつかありますが、私が一番使いやすかったのは「ウエスタンユニオン」でした。手数料が比較的安く、手続きも簡単です。

当時(2018年)はWise(旧TransferWise)がマレーシアやタイで使えなかったため、ウエスタンユニオンを愛用していました。海外送金は事前にしっかり調べ、自分に合った方法を選びましょう。

こうして振り返ると、マレーシアでの生活は「日本では当たり前のことが通用しない」連続でした。しかし、そうした不便さや戸惑いも、いま振り返ればかけがえのない経験です。マレーシアでの生活は、私に柔軟に生きる力を教えてくれました。

次回のVol.6では、マレーシアでの職場生活について、そして“英語を話せたことで得た思いがけない昇進”のエピソードをお話しします。

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